李 玄覇
(り げんは、
599年
-
614年
)は、
中国
の
唐
の高祖
李淵
の三男。生母は
竇皇后
。
字
は大徳。
幼いころから聡明で能弁であった。
大業
10年(614年)に16歳で死去した。
武徳
元年(
618年
)、衛王に追封され、
秦州
総管・
司空
の位を追贈された。
諡
は懐といった。
子がなかったので、甥の
李泰
が宜都王となってその祭祀を継いだ。
古典小説中の李玄霸
『説唐』などの古典小説中では、李玄霸は「李元霸」と改字されて登場する。
漢
の伏波将軍
馬援
が使用したという重さ800斤の擂鼓甕金錘一対を振るい、甘泉関に集結した十八反王百八十万の軍勢に対してわずか一騎で戦って勝利を挙げた猛将として描かれる。隋唐十八好漢の筆頭とされる。
『
旧唐書
』巻64 列伝第14「衛王玄霸伝」
『
新唐書
』巻79 列伝第4「衛王玄霸伝」
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