がん治療を終えた、あるいは治療を受けつつあるがん生存者は1999年には298万人でありましたが2015年には533万人に達すると予測されています。がんが“不治の病"であった時代から“がんと共存"する時代になりました。
症状緩和や心理・身体面のケアなどの療養支援、復職などの社会的支援の重要性が指摘されています。 当院ではがんと共存する時代の新しい医療のあり方として、がん治療過程において受けた身体的および心理的な種々の制約を改善させることで患者さんが家庭 や社会に早く復帰できる様にがんリハビリを推進しています。
当院では平成25年より手術前後の時期(周術期)に入院されているがん患者さんに対してのリハビリテーションを実施しています。手術前から行うリハビリの利点は
手術後のリハビリは、がんの種類や手術法によって異なります。入院中、できるだけ早く日常生活に戻りたいけど、「術後の痛みやだるさがあってなかなか一人では積極的に歩いたりできない・・・」との声をよく聞きます。入院中の安静が体力低下を引き起こし、動くとすぐ疲れて家事ができない、仕事ややりたいことをセーブせざるを得ない状況になってしまいます。そうならないためにも、術後翌日から体調に合わせて点滴を持ったままで病棟の中を歩いたり、筋力トレーニングを行ったり、日常生活に戻る為の体力維持できるようにリハビリを実施しています。
一般的にリハビリテーション(以下リハビリ)は、何らかの障害が起こってから受けるものですが、がんの患者さんのリハビリテーションは「予防的リハビリ」があり、がんと診断された後に手術や抗がん剤治療(化学療法)、放射線治療などが始まる前、あるいは実施された直後から行うことによっ て、治療に伴う合併症や後遺症、筋力低下などを予防します。
一般のリハビリ
予防的リハビリ
がんが進行してくると、さまざまな物質が分泌されて不快な症状が生じ、患者さんは食事が困難になります。その上、がんそのものがエネルギーを消費するので、全身が衰弱(すいじゃく)する状態になります。また、がんから分泌される物質は骨格筋のたんぱく質も減少させるため、「筋肉の萎縮(いしゅく)や筋力の低下」も生じます。
がんの病状が進行し、筋肉の萎縮が進行しますと、患者さんは少し動いただけでも披露を感じます。そのため、動くことが少なくなり、日常生活はさらに制限されるようになります。この悪循環により やがては寝ている時間が多くなり、身体の機能はさらに低下してしまいます。この状態を廃用症候群といいます。
このような状態にならないように、早めにリハビリを行うことが大切です。適切な運動療法を受けていただき、体力の低下を予防する生活環境を指導させていただきます。
運動療法は、抗がん剤や放射線治療中に開始すると、効果が高いといわれています。ウオーキングや自転車エルゴメーターといった有酸素運動で、20分から30分間の運動を週3日から5日行うのが理想的です。また、軽い筋力トレーニングやストレッチも、機能を維持するために有効です。
患者さんが必要なときに適切ながんのリハビリを受けるためには、がんのリハビリに対するご家族の正しい理解が大切です。手術を受ける際には、手術による障害を予防するために、どのような対応をしてもらえるのか、担当医や病棟看護師にぜひ尋ねてください。(リハビリ施設 写真1)
がんのリハビリは患者さんだけでなく、ご家族に対しても提供されるものです。中でも助けになるのが、介護に対する支援です。
看護師やリハビリスタッフから適切な介護の方法を教えてもらったり、患者さんが動きやすいように手すりをつけるなど生活環境を整備してもらったりすることは、介護者が自宅で看病する際の負担軽減に確実につながります。 がんのリハビリは、がんと診断されたときから、あらゆる状況に応じて行われるため、提供される場所もさまざまです。何か不安なことを含め、御質問があれば がんのリハビリ担当者か がん相談支援センターに御相談ください。
近年、我が国では高齢化に伴い、厚労省統計では2008年がん罹患数は749.767人(男性437.787人、女性311.980人、がん死亡総数は)人で2012年癌死亡総数は361.963人(男性215.110人 女性146.853人)がん患者さんの数は増加しています。
しかし早期診断・早期治療など医療技術の進歩もあり、がんの死亡率は年々減少傾向にあります。 我が国でがん治療を終えた、あるいは治療を受けつつあるがん生存者は1999年には298万人でありましたが、2015年には533万人に達すると予測されています。 多くのがんで5年生存率は着実に改善し、一部のがんでは早期の発見や治療により、半数以上が治るようになりました。がんが“不治の病"であった時代から“がんと共存"する時代になりました。 患者さんにとって、がん自体に対する不安は当然大きいですが、がんの直接的影響や手術・化学療法・放射線治療による身体的障害に対する不安も大きいと考えられます。
近年ではがん自体に対する治療のみならず、症状緩和や心理・身体面のケアから療養支援、復職などの社会的支援の重要性が指摘されています。この新しいがんと共存する時代の新しい医療のあり方として、特にリハビリテーションの必要性が強調されています。 がんリハビリテーションの目的は、がん治療家庭において受けた身体的および心理的な種々の制約を改善させ、患者さんが家庭や社会に早く復帰できるように導くことであります。 がん患者さんではガンの進行もしくは治療過程で生じた機能障害により、日常生活動作(activities of daily living : ADL)に制限を生じ、QOL(Quality of Life:生活の質)の低下をさせてしまいます。がんのリハビリではこれらの問題に対して二次障害を予防し、機能や生活能力の維持改善を図ることであります。
がん患者さんは、がん自体による症状や がん治療経過中に副作用によりADLの低下をきたすことが多く、また精神心理的な影響や筋力低下による 移動能力低下、ADL能力低下からQOLの低下につながりやすいと考えられます。
1.がんそのものによる障害
1)がんの直接的影響
骨転移 ・脳腫瘍(脳転移)にともなう片麻痺、失語症など
脊髄・脊椎腫瘍(脊髄・脊椎転移)に伴う四肢麻痺、対麻痺など
腫瘍の直接浸潤による神経障害(腕神経叢麻痺、腰仙部神経叢麻痺、神経根症)
2)がんの間接的影響(遠隔効果)
がん性末梢神経炎(運動性・感覚性多発性末梢神経炎)
悪性腫瘍随伴症候群(小脳性運動失調、筋炎に伴う筋力低下など)
2.おもに治療の過程においてもたらされる障害
1)全身性の機能低下、廃用症候群
化学・放射線療法、造血幹細胞移植後
2)手術 ・骨・軟部腫瘍術後(患肢温存術後、四肢切断術後)
乳がん術後の肩関節拘縮
乳がん・子宮がん手術(腋窩・骨盤内リンパ節郭清)後のリンパ浮腫
頭頸部がん術後の嚥下・構音障害、発声障害 ・頚部リンパ節郭清後の肩甲周囲の運動障害
開胸・開腹術後の呼吸器合併症
3)化学療法
末梢神経障害(運動性・感覚性障害による運動障害、味覚障害による栄養障害)など
4)放射線療法
横断性脊随炎、腕神経叢麻痺、嚥下障害など
(辻哲也 がんのリハビリテーションマニュアル 2011 から引用)
がんリハビリは、介入時期によって予防的介入・回復的介入・維持的介入・緩和的介入に分けられます。 早期から介入により、ADL低下予防や機能回復はがんリハビリの大きな役割となっています。
予防的リハビリ(がん診断時)
がんと診断されて早い時期(手術、抗癌剤治療、放射線治療が施行される前から機能障害の発症予防に努めます。
回復的リハビリ(がん治療時開始時:抗がん剤治療、放射線治療)
機能障害や筋力低下のある場合に最大限の機能回復を目的に行います。
維持的がんリハビリ(がんの再発転移など抗癌剤治療、放射線治療)。
がんが増大し機能障害が進行しつつある患者さんに対して運動能力の維持改善を試みます。自助具の使用、動作のコツなどのセルフフケアを指導します。関節可動域制限などの廃用症候群の予防を行います。
緩和的リハビリ(積極的治療の適応なく緩和的治療)
患者さんの希望を尊重し、身体的・精神的・社会的にもQOLが高く維持できるように援助します。
リハビリテーションの語源として、Re=再び、 Habillitate=適した、という意味で、その人にとってふさわしい状態になることです。がんリハビリは機能障害のない時期から予防的に、また再発がなく機能障害が存在する場合には最大限の機能回復を目的に行います。
周術期にも早期からの介入で術後合併症の予防が確認されています。再発時には廃用により機能障害はさらに進行するので、維持的なリハビリが必要です。
さらに進行すると代謝異常は悪化し、がん関連疲労は増悪し、精神的要素も加わりphysical fitness(肉体的健康)は悪化します。この時期のリハビリは患者さんや家族の希望を確認し、骨病変や有害事象などのリスク管理の上に行う必要性があります。また、ADLの改善が困難でも、多職種による心理的サポートや緩和的リハビリにより、QOLの改善を支援することが重要です。目標は短期的な目標を設定し、目標に向かい励まし、小さい喜びと達成感を積み重ねることは、精神的支援に繋がります。
がん患者さんへのリハビリはリハビリの真髄であり、自分の力をもう一度引き出すプロセスであります。これらはがん患者さんが失いがちである“自己コントロール感を得られるものと考えられます。
各原発巣・治療目的別リハビリテーション
1. 脳腫瘍(脳転移)による片麻痺、失語症など
脳腫瘍、脳転移による片麻痺、失語症では脳卒中や頭部外傷と同様に、機能回復、社会復帰を目的としてリハビリを行います。再発や腫瘍の増大にともない神経症状が悪化しつつある症例では、意識状態や神経症状の変動に注意しながら、維持的もしくは緩和的な対応を行います。
2. 脊髄腫瘍(脊髄・脊椎転移、髄膜播種)による四肢麻痺、対麻痺
原発性もしくは転移性の脊椎、脊髄腫瘍による四肢麻痺、対麻痺では、原発巣や他臓器転移に対する治療に配慮しつつ、外傷性脊髄損傷のプログラムに準じて行います。再発や腫瘍の増大にともない神経症状が悪化しつつある症例については、全身状態や症状をみながら短期的なゴールを設定し訓練を進めます。
3. 造血器のがんによる全身性の機能低下
白血病や悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などの造血器のがんに対する造血幹細胞移植では強力な化学療法や全身放射線照射にともなう副作用や合併症により、ベッド上安静による不動の状態となる機会が多く廃用症候群に陥りやすくなります。また、隔離病棟で入院期間も長期にわたるため、抑うつや孤立感を生じることから、それらの予防を目的とした訓練プログラムが発展してきました。訓練プログラムは柔軟運動、軽負荷での抵抗運動、自転車エルゴメータ・散歩のような有酸素運動を取り入れ、体調に合わせて実施します。
4. 全身性の機能低下、廃用症候群
悪液質は、がんの進行により全身が衰弱した状態です。 腫瘍壊死因子などの物質が骨格筋の蛋白を減少させるため、筋萎縮や筋力の低下が生じます。さらに、治療にともなう安静は筋骨格系、心肺系などの廃用をもたらし、日常生活のさらなる制限をもたらすという悪循環に陥ってしまいます。 リハビリプログラムは全身状態や訓練目標により異なりますが、関節可動域訓練、筋力増強訓練から開始し、基本動作訓練から歩行訓練へと進めていきます。座位が安定し歩行が可能である患者さんでは、自転車エルゴメータやトレッドミルのような有酸素運動も行います。体力、持久力に乏しい患者さんには、短時間で低負荷の訓練を頻回おこないます
5. 骨・軟部腫瘍術後(患肢温存術後、四肢切断術後)
下肢骨軟部腫瘍による患肢温存術後には、患肢完全免荷での立位、平行棒内歩行から両松葉杖歩行へと進めます。骨腫瘍による切断後では、通常の切断術後のリハビリと同様に、断端管理から義肢装着訓練・義足歩行訓練へと進めます。しかし、術後の化学療法によって訓練を中断せざるをえなかったり、断端体積に変動が起こりやすいので注意を必要とします。
6. 骨転移
リハビリに際しては全身の骨転移の有無、病的骨折や神経障害の程度を評価し、骨折のリスクを認識することが重要です。歩行時は免荷の必要性に応じて、歩行器や杖を選択し、骨折のリスク応じた歩行手段を習得させます。頚椎転移や腰椎転移には不安定性や神経症状の有無などに応じて軟性もしくは硬性の頚椎や腰椎の装具を装着します。
7. 乳がん術後の肩関節拘縮
乳がんの術後には、胸壁や腋窩の切開部の疼痛と肩の運動障害が生じます。特に、腋窩リンパ節郭清 が施行された患者さんでは、腋窩部の痛みやひきつれ感による肩の挙上困難を生じやすくなります。術後の肩関節可動域訓練は、創部のドレーンが抜去されるまでは原則として屈曲90度程度までの関節可動域訓練にとどめ、その後は、積極的に他動・自動関節可動域訓練を行うようにします。
8. 乳がん・子宮がん手術後のリンパ浮腫
乳がん・子宮がん手術で腋窩・骨盤内リンパ節郭清を行われた場合には、リンパ浮腫を発症する可能性があります。わが国における術後に発症するリンパ浮腫の発症率は、乳がん術後では約10%、子宮がん術後では約25%と推測され、年間1万人前後がリンパ浮腫に罹患すると推測されています。浮腫の治療法には、スキンケア、徒手リンパドレナージ、弾性包帯もしくは弾性ストッキングによる圧迫療法および圧迫下での運動を組み合わせた方法が効果的です。
9. 末期がん・緩和ケアのリハビリテーション
がんの進行とともに、QOLは低下し、やがて死を迎えます。 過剰な治療はQOLを急速に低下させるばかりでなく、合併症により生命予後を縮める可能性もありますので、緩和ケアにおいては、同じ生命予後でもQOLの高い期間を長く保つことを目指します。また、臥床に伴う関節可動域制限、倦怠感に対してマッサージや関節他動運動などリラクゼーションを行うこともあります。 緩和ケアのリハビリも緩和ケアの概念と同様であり、「余命の長さにかかわらず、患者さんとそのご家族の要望を十分に把握した上で、その時期におけるできる限り可能な最高の日常生活活動(ADL)を実現すること」にその目的は集約されます。体の状態に応じてリハビリの内容は変更し、患者さん、その介護者の方が希望する限り介入を継続するようにします。
(国立がん研究センターがん対策情報センター資料より引用)